1/――その日も、酷く平凡な一日でありました。


 一日の授業が全て終わった学校は、昼間とはまた別の活気が満ちている。
遠くでは野球部の気持ちの良いスイングと歓声が響き渡り、また別の所では演劇部の発声練習が空まで届かんばかりに伸びやかに飛んでいた。
 それらとは真逆の吹きだまりに俺は居る。二階の薄暗く入り組んだ廊下を進んだ先の薄寂れた部室。
そんな部室でも窓から入る日の光は赤々と燃えている。規則正しく並べられた机、椅子、学生鞄をすべて染めるかのように。
 自分の胸に手を当てれば、ハッキリと動きが分かるくらいに感じられた。俺は、早くなる奇妙な鼓動を落ち着かせようと息を吐いた。
 「俺、ずっと前から好きだったんです」
 声がどこか自分のものでないように上擦った。最悪だ。……この展開の先がどうなるのか自分で全く分からない。ゴクリと唾を一緒にそれらを飲み込んで、着ていた学ランの襟を緩めてから深々と息を吐いた。
 「見ているだけでよかったんです。でも、この思いは止められそうにないから」
 この言葉を聞いている相手はどんな顔をしているのだろう、と視線を上げても窓から差し込む強い光で、表情は全く見えない。遠くでは運動部の掛け声と一緒に吹奏楽部だろうか、フルートや太鼓が風に負けぬように元気に響いている。
「たっ……例え、男だろうがッ!?同級生だろうが同じ部活で幼馴染だろうが!そんなもの関係ないッ!」
 三回声が裏返り、それが焦りと情けなさが将棋倒しの如くバタバタと崩れていき、もうどうなってしまっても良いという気持ちへとシフトしつつある。そうして、言葉を唾を飛ばす勢いで叫んだ。
「好きです!!付き合ってくださいッ!!」
 それを聞いた相手は、腰掛けていた机からおもむろに立ち上がる。整った顔立ちと栗色のくせっ毛。更に腰に付けた大量のアクセサリーを鳴らせて、近づいてくる――幼なじみの"少年"。
「桂司……」
 桂司、それは俺の名前だ。こちらを真剣に見てくる端正な顔は正直男女問わず心臓に悪い、それはしばしの間続き……一転して、

「ぶっ」

 決壊。破顔し、少年はゲラゲラとその場に崩れ落ちた。一気に恥ずかしさやら、いらだちが膨らんできたので思いっきり背中を叩いたがそれでも笑い声は止まらない。
「ちょっ!やれっていったのはお前だろう!!――れん! 」
「ひー!あー!無理無理も、ちょ……まっマジで、マジで真面目にやるとは!!!駄目、その表情何!?呼吸できない、息が……あっはははははは! 」
 ――目の前の同級生、華角れんはバンバンと部室の机を叩き、涙が出んばかりに腹を抱えて爆笑する。身体が机にぶつかりの上に乗っていたトランプが下に散らばっていくが、彼はそんなのお構いなしに転がる。
 そして、殺意のこもった視線に気づいたのか、大笑いから一転しニマニマした小憎たらしい顔に切り替わりこちらへと近寄ってくる。
「桂司くーん、とてもイライラしているのは分かりますが~?これは自業自得というやつなんですよぬ、はい。これはなんの行為ですか?」
 フッフッフ、と擬音が奴の背後に見えた気がした。ポンと肩に置かれた手を払いのけて、答えを吐き捨てる。
「……罰ゲームだよ、トランプ勝負の」
「イエス!その通り!君は愚かにも俺にババ抜きで勝負し、負けた!その結果がこれ、『世界の終わりに告白するとしたらどんなセリフを言うか』」
「俺に言って見せてよ。って言ったら真面目に…ふふ。いやー、彼女居ない歴が年齢と等しい者の力を思い知ったなぁ。それにしても、くくッ、お前がこんな熱血的な告白を夢見ていたとは、いやあ……」
 ご馳走様と、れんはまるで舞台役者の様に仰々しくこちらに一礼した。その姿はとても 絵になる、もしここに女の子がいれば多分キャーという声が左右ワイドで聞こえるだろう。ここには自分とコイツしかいないのだから、無言での攻防が続くだけだが。
「う、うるさいな!!資料が漫画しかない俺舐めんな!どうせ女の子からの告白イベント経験済みなお前にそんな台詞吐かれると苛つくんだべや。しかも全員フッっているとか!なんだ!お前贅沢者め!新月に気をつけろよ!」
「フハハ!モテてごめんねー!でもまあ、桂司を好きな奴だっているさ。……ま、――それがいつ現れるかわかんないけどねー!」
 ふいと近づいてくる様は猫のようだ。思わず吃驚し足がもつれてよろけた。
そうして机にぶつかり衝撃で自分の鞄が勢いよく倒れ、中身が全てぶちまけられてしまった。
「おっと、まだ足治ってな……にゃー……めんごー!」
「む、ムカつく……」
 この男……!明日、突然バナナの皮とかで勢いよく滑って欲しい。
仕方なく自分の持ち物を拾っていると、教室のドアが開く音が聞こえた。視線はそちらへ向き、そこに立っていたのは、小柄な少女だ。走ってきたのか、乱れた長い髪を手で軽く整えるとこちらにハッと顔を向けた。
「華角先輩!梦乃先輩!すいません、遅くなってしまって……わ。大丈夫ですか」
後輩の宮羅花蓮さんだ。最近、入部したての子だが数回会っただけでもわかるくらい優しい子だ。今も自分の足下に転がっている俺の持ち物を拾いながらこちらへやってくる。持ち物の主がわかると、こちらへ渡してくれた。天使だ。
そうして改めて申し訳なさそうに頭を下げる彼女にれんは手を前へ出し。
「いんやー、いいよいいよ。待っている間、桂司をからかって遊んでたしにゃー」
「――不本意ながら。まあ、そういうことで宮羅さんが気にすることないよ。丹緒…安登楽さんも今日は剣道部の方に出突っ張りみたいだし……今日は日直だと聞いてたしね、当番お疲れ様」
そういうと、彼女は首を振った。
「いいえ、その――日直当番よりも、突発的な荷物検査がありまして……」
「あらま。ぬ、……宮ちゃんの担任ってあのゴリラか」
「ゴリラて。日野木先生ね、確かに持ち物検査が多くて大変だって聞いてたなあ……」
揃って同情的な言葉を投げた。……しかし、ここまで長丁場になるほど荷物検査が白熱したと言うことは何か有ったのだろうか。れんもそこが不思議だったのか、彼女と俺を席へと座らせつつ彼女の方を向いて疑問を投げた。
「んで、何が見つかったのかにゃ?エロ本?タバコ?あ、不純交遊に必須のアレとか?」
「れん、れん! 疑問を投げるにしてもデッドボールすぎだ!!」
彼女の方を見ると、口の前に手を合わせ顔を真っ赤にしている。かわいい。ちょっとだけ緩んだ顔を引き締めるようにしてかられんを睨んだ。
「こら。からかうなよ」
「いや~宮羅さんは可愛いね~」
「はっ!?いえいえいえいえ……!えっと、理由は――お菓子です」
「お菓子?」
「お菓子の1個2個で大げさ過ぎじゃにゃい?」
「えっと違うんです、クラス全員が鞄に認可外のお菓子を持ってきていたんです」
確かにうちの学校ではお菓子の持ち込みは、購買部で買える飴かガム。持ち込みの許可も取れるが、その為には少々面倒くさい書類を事前に書いて提出しなくてはならない。なので、一部の悪い生徒は先生にバレぬようこっそり持ってきているものだが……。クラス全員がバッチリ鞄に入れていたというのも、不幸な事件にしては不思議だ。まず、真面目な彼女がお菓子を持っていたというのもちょっと考えつかない。
そんな疑問な表情を読み取られたのか、彼女はゆっくりと口を開けた。
「えっと……お二人とも、ひだるさまって知ってます、よね?」
ひだるさま、ひだる。火樽?引いたる、日至る、秀たる。
色々文字が脳内を浮かんでいったが、上手く変換できない。一方れんは、知っているかのようにああと指を鳴らした。
「最近流行のひだるさんね。……ああ、なるほど。それでお菓子。宮羅さんとこの学級が発端地だっけか」
「え、何が?」
 そう聞くとれんの方が見開いてこちらを見た。そんなに有名な噂だったのか……?
「桂司~、一応『民俗研究会』所属としてはちゃんとそういう情報は拾って欲しいんですけどー?ほっほほ…流行に遅れている君に、部長が教えてあげよう……」
 そういってれんは、手帳を取り出しながらホワイトボードを持ってきてこちらにペンを渡してくる。……読むから書け、ということなのだろう。仕方なく、ペンを受け取り読み上げられる文字を書いていく。
 ひだるさま。最近下級生の間で流行っている怪談の様だ。神様の一種で、いつも空腹で飢えている。
「出会った人は食べられてしまう……っと」
「それを避ける為に、何か食べ物を与えると良いらしいんです。そうすると一時的にもその方の空腹は収まるみたいで。その間に逃げないといけない」
「はぁ。それで、皆それを畏れてにお菓子を持っていたと。皆怖がりなんだね、作り話の怪談に対して……」
「その……実は隣のクラスに、一人。会ったって子が居るんです」
「ひだる様に?」
「ひだる様に。その子、部活が終わってから忘れ物に気づいて取りに行ったらしいです。――そして、いつもより学校を出るのが遅かった。それで、夜になる前に急いで帰らなきゃって」
 少女は走っている、すると道の横にうずくまる人影が見えたらしい。無視することも出来ただろうに、その少女はそれを見過ごせない性格だった。
 大丈夫ですか、声をかける。返事はない、段々夕暮れが落ちて辺りがほの暗くなっていく。急いで帰らないといけない焦燥感と、反応のないいらだちに少女はその影の肩を叩こうと手を伸ばし――。
「!……??」
 言葉の意味が脳へ届く前にその手を勢いよく捕まれる、少女は驚いたがもう遅い。強く指を噛まれた。ここまで近づいているのに、形は何も見えない。いや、人の姿ではないのはわかるが――上手く理解が出来ない。
「…?……!………!!……?…!!!」
真っ黒なそれに吸い込まれた手の肉を断ち切らんばかりに強い痛みが走り、少女は悲鳴を上げた。暴れて抵抗するうちに……少女の鞄からあめ玉が落ちた。影は少女の手から口を離し、あめ玉へと意識を向ける。少女はその隙に勢いよくそれを突き放し、急いで家へ帰ったという。そうして、彼女は未だに登校していない。
「……」
「……実際、先週から来ていないんです。それから、何人かが夢でひだる様を見て調子を悪くしたとか。そういうのが渦巻いてくうちに、皆怖くなって……」
 そう語る宮羅さんの表情は僅かに恐れが滲んでいる。――なるほど。切っ掛けから次々とささやかなことが重なり連鎖的に恐怖が広まっていったのか。
「――最初はそうだけど、色々尾ひれが付き始めて居るみたいよ。元々は白のシュ様の眷属だとか、お菓子……供物ね。それを上げればお願い事が叶うって話も付いてきたかな」
 一方、れんの方は恐怖の欠片もなさそうに笑っている。色々な交友関係から仕入れてきたのだろう話を、ホワイトボードに書き足していく。
「やー……なんていうか、うちの村はオカルト系のネタに事欠かないよね!白のシュ様の伝承からして物騒だし、夕暮れより先は怖い話の温床って感じだぬー。しきたりの所為でもあるんだろうけどね」
「――夕方より先、歩く事なかれ。さもなくば、白のシュ様の災いがあらん。そんな話をこんな時代まで信じている村だし、ね」
それと同時に、備え付けのスピーカーからチャイムが鳴り響いた。それと同時に、いつもの校内放送も。
≪まもなく、日の入り前となります。校内に残っている生徒の中で宿泊申請を行ってない者は職員室にて書類を提出してください。帰宅する生徒は、すみやかに――≫
窓の外を見ると、運動部員は体育館へ。帰る生徒達がバス停へと向かっていくのが見える。
「――、ああ。もうそんな時間か。れん、宮羅さんはどうする?」
「俺は宿泊申請したから、このままだよん」
「私は――最終バスの方で帰ろうかと」
「あ。俺は今日は帰ろうと思ってたし一緒に帰ろうか」
「お二人ともバイバーイ。――あ、そうそう」
 そういうと、なにやら宮羅さんに耳打ちをし始めた。宮羅さんの方は、聞き終わると顔を真っ赤にして首を縦に振った。……やっぱり、彼女も彼が好きなんだろうか。そのまなざしを見つめる自分がちょっとだけむなしくなった。そしてれんはこっちににっこりと笑って。
「さて桂司。宮羅さんは、お菓子没収されてるんだから暗くなるまでイチャイチャして、白のシュ様やひだる様に喰われないようにね~」
「せんわ!」
 茶化すれんに突っ込みを飛ばしながら、俺は宮羅さんを連れてバス停へと向かった。
***
 ――彼らがいなくなった後、華角れんは一人ホワイトボードを眺めて佇んでいた。
「――はてさて。突然こんな怪異が増えてきたのは――力を付けるためかねえ」
桂司や花蓮と会話していた時よりも冷え切った声で、彼は思考を整理するかのように呟きを続ける。
「宮羅さんの言っていた初遭遇の少女から、だいたい2日間隔。もう随分とこんな野心的なのは消えたと思ってたけど……管理人が弱ってきたからか」
 ペンを持ち、キャップを口で外しながらホワイトボードに文字を重ねていく。
「元ネタは――安登楽の方が知ってそうだにゃー……。ま、」

「夜が楽しみだぬ、桂司」
そういうと、窓の外を見てゆるやかに微笑んだ。
***