【In arium】

まいったな、
と戦士は透明な空を見てため息を吐いた。

【In arium】

 「冒険者様、どうぞごゆっくりしていってくださいね!あっ、汚れまみれの椅子と机ですが!お荷物をそちらへ、武器をこちらへ!そしてお体はこちらへ……」
 はしゃいでいる少女を戦士は諌め、椅子に腰掛けた。あたりを見れば、年季の入った木製の家に薬草や薪が丁寧に仕分けされて置かれている。机には庭にも咲いている花が一輪、花瓶に飾られていた。少女は、訪問者をもてなす為にシードルや、パンを用意していた。小さい体ながらくるくると家の中を動くさまは、犬のようだと戦士は思った。
 「えへへ、申し訳ないです。私、一人暮らしなのであまりキチンとしたおもてなしは出来ないんですが---」
 気にしないでほしい、を戦士が答えると少女はまんまるとした頬を赤くした。
 「お客様が来るのなんて、とっても久しぶりで。お父さんは研究で中央都市に行ったまま帰ってこないし、ここは田舎中の田舎なので!……冒険者様は、どうしてこちらへ?」
 戦士は言葉を直ぐには発せず、何か考え込むように顎を指で掻きながら「ここにはゴブリンの退治の依頼を受けて来た」と答えた。
 「ゴブリン……ですか?」
 少女はゴブリンという言葉を口の中でゆっくり噛み砕くように思考し、困ったような顔をした。
 「私は……見てないです。といいますか、ゴブリンってなんでしょうか?」
 戦士は、ゴブリンの説明をした。少女は机から身を乗り出さんばかりに興味深く話を聞き、瞳をキラキラさせながら戦士にシードルを勧めた。
 「そんな恐ろしい怪物が、外にはいるのですね。私、家の周りしか出たことがないので……。冒険者様、冒険者様は今までたくさんの冒険をされているのですか?」
 戦士は頷いた。装備の傷や武器のヘコみなどを見せ、その時の依頼の話を少女に聞かせた。盗賊退治の話や、都市の下水道の掃除の話……初めて冒険者になってから行った依頼を数個かい摘んで話したが、少女はいたく満足げにほうと感嘆の息を吐いた。
 「外の世界は、いいなあ」
 毎日、ドキドキすることが一杯あるんですよね。少女は、夢見るように瞳を伏せて、呟いた。
 「お父さんが、私が一度大怪我をして以来、外の世界は危険だっていうんです。だから、自分が良いと言うまでここで庭を守っていてくれって」
 「だから、毎日毎日。起きて、庭の世話をして、花や薬草を積んで薬を作って。ご飯を食べて、本を読んで、寝る。そうして、一日をまた消費していく。何事もない、平和で、永遠に続く日常が良い事なんだってお父さんは手紙で言ってました」
 少女は机の上の花に視線を向けた。一番の良い時を切り取った様に、花は花弁を誇らしげに咲かしている。
 「……私は、それは違うって思ったんですよ。お花だって、枯れますし、種を風に乗せて飛ばします。私だって……」
 少女は、そこまで喋って口をつぐんだ。スイマセン、喋りすぎましたねと微笑んだ。
 「お前は、」
 戦士は、少女を見た。戦士は、少女が知っていると感じた。なので、問いかけた。
 「永遠ではなく---終わりがある、危険だと言われている……外の世界に行きたいと望むか?」
 少女は、俯いて答えた。ぎゅっと裾を握りしめながら。
 「永遠なんて、ない方が良いですよ。それに、平和だって一人ぼっちは嫌です。お父さんに嘘をつかれるのも嫌。良いことも、悪いことも、ドキドキする明日がないのも嫌……」
 「終わりが悲劇だったとしても?」
 「なるべくは嫌ですけど、結果がでてしまったものはしょうがないです」
 ねえ、冒険者さん。少女は顔をあげるとニコリと笑った。
 「あと、私---最後には、真っ赤に燃える海を見ていきたいです」
 少女は窓の先の透明な空を見る、雲ひとつなく何もない空を。
 「海って、私のお母さんが死んだところなんですよ。だからお父さんは海から離れた陸地ばっかりの所を住処に選んで、お母さんの話もしなくなって---なので、一度も私は海を見たことがないんです」
 「でも、子供の頃。お母さんから海の話をよく聞かされていたんですよ。夕日の真っ赤な色が海の闇に溶ける様を人々は語り合ったそうなんですよ」
 「お母さんが嬉しそうに話しているから、私も一度は見ておかなくちゃって」
 
 ビシッ。
 
 その瞬間、世界に亀裂が入った。
 戦士の視界が、割れたガラスのように細々としていく。少女が椅子から立ち上がり戦士に近づいた。

   「お母さんに会ったら、一緒に話したいんです。依頼してもいいですか」
 冒険者さん、と言った少女に戦士は手を伸ばしたがその前にひときわ大きな音がなって、戦士の視界は暗転した。

   *
 「あー! 今回の依頼も疲れたなあ! 親父~、エール頂戴エール!」
 「あ、僕にも下さい」
 ぞろぞろと宿の酒場に入ってきた冒険者たちは、口々に依頼の愚痴を零しながら店主に注文を飛ばした。
 「あいよ、お疲れさん。ええっと……なんの依頼だったか?」
 「とある街で暗躍していた死霊術師の討伐。娘が死んで、オカシクなっちまったアホの退治だよ」
 「街で人が次々に消えてね~、あの人が怪しい~って街の人が依頼してきたの~」
 出てきたエールを飲みながら、僧侶と盗賊は口々に答える。そして、最後の魔法使いは事件の詳細を語リ始めた。
 「元々は賢者の塔の第一線で活躍されていた方でしたが、魔物に娘を殺されて以来塔を離れ、娘が住んでいた街で研究をして過ごしていたそうです。しかし、影で死霊術に手を出しまして。街の人を生贄に娘を生き返らせ、延命をさせていたみたいです」
 一気に言い切ると魔法使いはエールを少し飲み、コップを少し揺らしながら続けた。
 「その術師、錬金術師で一時学んでいたことがありましてね……娘を、フラスコの中で培養していたんですよ」
 「フラスコの中で?」
 「ええ……。フラスコの中に擬似的な箱庭空間を作り、娘を蘇生した。それで、ずっと見ていたみたいですね。フラスコの中で生きる娘を---」
 「生き返った娘を監視ねえ……、っと。エールが一個余っちまった。お前ら戦士はどうしたんだ?居ないようだが」
 宿の店主はカウンターに座った冒険者を改めて数えた、3人。一人足りないことを指摘するとエールを一気飲みしていた盗賊が答えた。
 「ああ、なんか海に行くって~」
 「海? なんで海なんかに行くんだ」
 「しらねーよ。あいつ死霊術師の家でうっかり変な魔法トラップ引っかかっちまってよお」
 「ああ、あれ。戦士さんがうっかり触って、偶然発動条件を満たしてしまった奴ですよね。死霊術師がフラスコの中に行く為の魔法陣」
 「ああ~あれね~。僕ら大慌てで解除したの~。戦士君、帰ってきた時花握りしめてなんかすごい顔してて」
 「あの後、まあ娘がまた死んで発狂した死霊術師をぶっ倒して。途中までは一緒だったんだがな~。なんで海なんだか」
 「ま、戦士は戦士なりになんか考えることが有ったんじゃないか」
 「戦士は無愛想無口だからな~。ま、あとで聞こうか! 親父! エールおかわり!」
 「あ、私も~」
 「僕も~! あ、戦士君分は僕が飲むよ~」
 「うるさい! まずは先月分のツケを払ってからおかわりを頼め!!!」
 親鳥に餌をねだる小鳥のようなおかわりの囀りを聞きながら、親父はため息を付いた。

   *
 夕日が、煌々と揺らめきながら下に落ちていき、海に溶けていく。
 戦士は、港の端に立っていた。海に、あの家の花瓶に合った花を海にそっと落とす。
 花は海に浮かびながら、波の流れに揺られ、ゆっくりと消えていった。


(2016/12/29)