私は一般的な男性である。だが一つだけ、特筆すべき事がある。
夢を見ると、そのものの匂いや味、感触がわかるのである。……特殊能力などは悲しいことにないが、何処かの夢の世界をすこしだけリアルに感じられるだけ。
起きていても記憶が残ることもあり、それらをすこし書き留めることにした。
これは私の夢の旅日記である。
***
 私は雑踏を歩いている、生ぬるい風が頬を伝い摩天楼へと吹き上げていく。夢なのにその感覚は私を震わせ歩くスピードを速くさせるには十分だった。
「ああ、もう」
少し苛立ったような声が私の口から漏れる。
早くこのビル群から抜け出さなければ、そう思ってもなかなか前に進まない。
すると突然、後ろから腕を掴まれる。
驚きながら振り返るとそこには少年がいた。
私に微笑みかけると腕を引っ張り雑踏を抜けてとある路地に歩を進める。
彼は、夢の中で会うことのある少年だ。名前は知らない。だが随分と会う回数が多く、互いに記憶を持ち越しているので現実の友人並みに親しくなっている。
「ちょっとちょっと、随分と重くしているようだね」
彼が指差したのは私の胸だ、視線を降ろすと私の胸に大きな石が刺さっていた。気付かなかった。
「なんだこれ、……心臓から生えてる?」
「不安の種が育っているんだ」
不安の種。そう言われると寝る前に明日の仕事の事を思い出した。胸の石がずしりと重さを増したような気がして、私は溜息を吐いた。
「……これが育つとどうなる?」
「べつに。誰だって不安なんか幾つも育てるもんさ。でも丁度良かった」
少年はとんと、胸に刺さった琥珀のような結晶を指でつついて笑う。
「今日はバー・蜜の味が開店してるんだ、そこで抜いて貰おう。その種は美味しい酒になるんだ」
「え、痛いだろうなぁ……」
私は嫌そうな顔をする。そんな私を見て少年は楽しそうに笑った。

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